ビジネスで成功するためには、問題解決能力が必須です。そして、その前提としての論理的思考力すなわち「ロジカルシンキング」の能力が必要なのは、言うまでもありません。
ビジネスで通用する論理力を鍛えるために、様々な書籍やセミナーを通じて、その考え方や具体的な方法論を学ばれている方も増える一方です。「ロジックツリー」「ピラミッドストラクチャー」といった技法や「MECE」といった概念、はたまた経営学者や戦略コンサルティング会社、マーケティング研究家が発信する様々なフレームワーク(3C・PEST・PPM・STP etc)も、ハイクラスなビジネスマンにおいては知っているだけでは差別化できない、一般的なものになっています。
しかし、一方で、それらのHOWを活用して本当に変化を生み出している人は、一握りであるというのも実情です。真面目に手法を学んだ人ほど「手法に溺れて」しまい、却って失敗してしまうことすらあります。
このシリーズでは、そうした失敗を防ぐために、ロジカルシンキングの基礎的な手法の“前提”にどんな考え方があるのかを明らかにしていきます。論理的思考の「基礎の基礎」を学ぶことによって、論理的に考えることに苦手意識がある人、手法に溺れることを回避したい人、ビジネスの現場で日々実践して本当に成果を生み出していきたい人のお悩みに答えていきます。
なお、取り上げるトピックは、筆者がビジネスコンサルティングの現場で経営者・経営幹部のみなさんと議論する中で「その考え方はもっと早くに知りたかった」「若手の優秀な人財に学ばせたい」と反響を頂いた内容から抜粋しています。「ビジネスの現場で使える」ということに絞り込んだ内容となっています。
それでは、今回のテーマを具体的に見ていきましょう。
論理的思考の基礎「2つ目の原因」とは?
初回のキーワードは「2つ目の原因」。上司への日々の報連相しかり、経営幹部やクライアントへのプレゼンテーションしかり、自分の考えを相手に説明するときには、「2つ目の原因」を意識して語ることが重要だ、というお話です。
「『2つ目の原因』を語る」とは、あるメッセージを主張するときに
✓ 原因と結果の因果関係を明確にしよう!
✓ 原因は必ず2つ(以上)の組合せで説明しよう!
という2つのことをしっかりとやりましょう、考え方です。
まず、先の「原因と結果の因果関係を明確にしよう!」は、比較的わかりやすいでしょうか。
ビジネスのコミュニケーションの中では、しばしば「~が問題だ」「~すべきだ」といった言葉が使われます。そこに、「原因→結果」という因果関係のつながりを明確にして伝えましょう、という考え方です。
例えば
問題分析系
「若手の離職率の高さが問題です。離職が止まらないのは、現場が常に忙しく、若手の育成に時間が割けていないためです」
(結果)若手の離職率が高い
(原因)現場が忙しく育成に時間が割けない
「若手の離職率の高さが問題です。それによって、毎年採用コストが膨らみ、必要な投資に資金が回せていません」
(結果)採用コストが膨らみ投資に資金が回らない
(原因)若手の離職率が高い
行動提案系
「優れた企画は社内表彰すべきです。そうすれば、社内の企画力が高まるはずです」
(結果)社内の企画力が高まる
(原因)優れた企画を社内表彰する
「若手の離職率の高さが問題だ!」「優れた企画は社内表彰すべきだ!」と、主張内容だけを伝えた場合と、上記の様に因果関係を明確にして伝えた場合と、どちらがより相手に正しく伝わるか、どちらがより相手の思考や行動を促すことができるか、ということですね。
ここまではとても当たり前のことですが、今回の重要な学びはここからです。
整理した因果関係を眺めながら、「その原因だけで、本当にその結果が起きると言い切れるか?」と考えてみてください。
例えば、上記の例を引用するならば…
・「現場が忙しく育成に時間が割けない」という原因があるとき、「若手の離職率が高い」という結果が必ず起きると言い切れるか?
・「若手の離職率が高い」という原因があるとき、「採用コストが膨らみ投資に資金が回らない」という結果が必ず起きると言い切れるか?
・「優れた企画を社内表彰する」という原因があるとき、「社内の企画力が高まる」という結果が必ず起きると言い切れるか?
と考えてみるわけです。するとどうでしょう、「うーん、必ずしもそうではなさそうだ」「例外だってたくさんあるよな…」という気付きがありませんか? 「論理的に考える」とは、こうした例外や反論の処理を予め行うことで、より高い正確さを持って思考を行うことをいいます。
上記の例で想定される例外・反論は、
・「現場が忙しく育成に時間が割けない」という原因があっても、自立心や積極性の高い人財を採用できていれば、「若手の離職率が高い」という結果は起きないはずだ
・「若手の離職率が高い」という原因があっても、それを見込んで投資予算を確保していれば、「採用コストが膨らみ投資に資金が回らない」という結果が起きないはずだ
・「優れた企画を社内表彰する」という原因があっても、よい企画をつくるためのノウハウが社内で共有されなければ、「社内の企画力が高まる」という結果は起きないはずだ
こうした可能性を事前に考えることがロジカルシンキングの前提です。
そこで重要になってくるのが「原因は必ず2つ(以上)の組合せで説明しよう!」という指針です。因果関係を単線的に考えるのではなく、2つ(以上)の原因からなる複合的な分析として整理するという考え方です。
こうすることによって、事前に相手の反論を防ぐ事ができますし、また、考える際にもより強固なロジックで思考を整理することができます。
以下、具体的な考え方を2つのケースによって見てみましょう。
ケース① 過去の失敗の分析
「ロジカルシンキング」によって、過去の失敗を分析することとします。
ある部材メーカーの営業部長は、前期の売上が不振に終わったことの分析を行い、ボードメンバーに報告することになりました。
前期は、売上増を見込んだ新商品のリリースが予定されていましたが、調達・製造の遅延により1ヶ月間市場に出すのが遅くなってしまいました。
その結果として、1ヶ月分の売上が不足し、当初の見込みが達成できず、売上が不振に終わった、と考えました。
分析結果
(結果)前期の売上が不振に終わった
(原因)新商品のリリースが1ヶ月遅れた
この因果関係を見て、みなさんはどう思うでしょうか?「その通りだ」「そういう事情があったなら仕方がない」と思うでしょうか。営業部としての分析を期待されているのに、見方によっては「調達・製造が悪かった。営業は悪くない」という言い訳に感じられてしまうかもしれません。
そこで部長は、「原因は必ず2つ(以上)の組合せで説明しよう!」という指針に沿って、考えを進めることにしました。
確かに新商品の売上増は見込んでいたが、とはいえ旧商品だって売れない商品ではなかったので、それをしっかりと売ることができていれば、これほど大きなギャップにはならなかったはずだ。
振り返ると、現場で起きていたのはこうだ。
調達・製造チームは「4/1にはリリースできるように進めています」というので、営業部としては「3月末までに旧商品でご契約頂いたお客様には5%の値引きをします」というプロモーションを展開し、3月は値引きで大きく受注をあげた。
しかし、実際には新商品は遅れに遅れて5/1のリリースとなってしまった。3月に需要を刈り取ったため、4月は旧商品が全く売れずに開店休業状態となり、新商品の投入を毎日催促することとなった。結果、4月は売上がほとんど立たず、不振に終わった。
だとすれば、「新商品のリリースが遅れた場合の打ち手が考えられていなかったこと」、あるいは、「調達・製造チームとのリリース時期に関する密な連携が行えていなかったこと」が、2つ目の原因かもしれない。
分析結果【更新】
(結果)前期の売上が不振に終わった
(原因1)新商品のリリースが1ヶ月遅れた
(原因2)調達・製造チームと営業部の連携不足
いかがでしょうか。当初の分析よりも遥かに的確に洞察されていると感じられるのではないでしょうか。この分析に基づいて今後の対策を打つとすれば、新商品リリースの遅れが生じないように対処するのはもちろん、遅れによってロスが生じないような製販の連携体制を事前に作っておくことが可能になります。
ケース② 営業計画の立案
ケース①は「起きてしまった過去の失敗の分析」に論理的な思考を活用した事例でした。ケース②は「目標達成のためにこれからやることの立案」にロジカルシンキングを活用すると方法です。
舞台は、先程のケースと同じ部材メーカーの営業部。先程の営業部長は、今期の目標を達成するため、課長に今月の営業計画の立案を指示したところ、課長は次の様に考えました。
先月は、複数の顧客と並行して折衝を進めたために、どれも中途半端な提案になってしまった。
今月は重要な顧客に絞り込んで提案活動を行おう。選択と集中で考えるなら、規模の大きなA社に全力投球して、新しい受注に向けて仕込みをしよう。
そうすれば、大型の受注が取れて、予算目標に到達するはずだ。
立案された営業計画
(結果)大型の受注が取れる
(原因)今月は規模の大きなA社の仕込みに全力投球する
このような営業計画について、みなさんが営業部長であればどの様に感じるでしょうか?「先月はうまくいかなかったのに、今月更に絞り込んでしまっていいのか?」「大型の受注なんて、絞り込んで仕込んだからといってうまく取れるとは限らない」など、懸念が湧いてくるはずです。
そうした営業部長の未来の声を察して、「原因は必ず2つ(以上)の組合せで説明しよう!」という指針に沿って、課長は続けて次のように考えました。
何も、A社に絞り込むのには理由が無いわけではない。日々の付き合いから、A社の次期の予算計画策定が来月から始まるのは知っている。そして、幸いにして、このことを競合他社はまだ知らないようだ。
A社は案件規模が大きいが故に、いつも予算策定はどんぶり勘定。期末には「予算がなく、必要なのに定価で発注できない」と泣いて相談を持ちかけてくる。今期は、より正確な見積もりを一緒に作り上げ、更にプロモーション施策も合わせて提案することで、しっかりと予算を確保できるように働きかけて、指名で仕事が取りにいく。意思決定の上流に働きかけることで、価格競争による競合とのシェア争いから脱却して行くのが狙いだ。
立案された営業計画【更新】
(結果)大型の受注が取れる
(原因1)今月は規模の大きなA社の仕込みに全力投球する。具体的には、次期予算計画策定のフォロー(正確な見積もり作成・プロモーション施策提案)
(原因2)来月がA社の次期予算計画策定のタイミングであり、競合他社はそれを知らない
この様に説明されれば、営業部長も立案された計画に納得し、「他を止めてでもA社に注力しよう」と言うかもしれません。「原因は必ず2つ(以上)の組合せで説明しよう!」という指針によって、思考も、プレゼンテーションも、よりロジカルに整理することができました。
おわりに
上記の2つのケースではいずれも2つの原因を記述するにとどまっています。すでにお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、ここからさらに「その原因だけで、本当にその結果が起きると言い切れるか?」と考えることで、論理の強固さはまだまだ高めるることが可能です。
とはいえ、原因を5個も10個も出す必要はありません。ビジネスの現場では、2~3個の原因が設定できれば十分な議論ができます。この点については、以下の記事も参照してみてください。
「“論理的”って、なんだか難しそう!」
「“ロジカルシンキング”なんて、型にはめるだけではなかなかうまくいかない!」
このシリーズでは、そんな悩みにお答えする記事を継続して書いていきますので、もし実践の場で感じられたお悩みなどあれば、ブログのコメント欄に寄せていただければ幸いです。
「因果関係の思考」を学ぶには? 参考図書一覧
この一連の記事では、「原因と結果の論理」を扱っています。
この考え方は、『ザ・ゴール』の著者でありTOC(制約理論)の生みの親であるE・ゴールドラット博士により「思考プロセス」という名称で体系化されました。
日本ではまだ体系的に学べる書籍は少なく、関連書籍が数冊が出ている程度ですので、おすすめなものを以下にてご紹介します。
「因果関係の思考って、そもそもなあに?」
『ザ・ゴール2』エリヤフ・ゴールドラット 著
『ザ・ゴール2 コミック版』エリヤフ・ゴールドラット 著 岸良裕司 監修
「具体的な使い方を基礎から学びたい!」
『考える力をつける3つの道具』岸良裕司 著
『世界で800万人が実践! 考える力の育て方――ものごとを論理的にとらえ、目標達成できる子になる』飛田基 著
「これはぜひともうちの子どもにも学ばせたい!」
『子どもの考える力をつける 3つの秘密道具 お悩み解決! ! にゃんと探偵団』岸良裕司 著
「因果関係の思考のプロ」として理論と実践方法を突き詰める
『頭のいい人の思考プロセス―すぐに使える、図と論理の問題解決スキル』リサ・J. シェインコフ 著
『ゴールドラット博士の論理思考プロセス―TOCで最強の会社を創り出せ!』H.ウイリアム デトマー 著