ウワノキカクのキカクメモ│論理的思考・問題解決のトレーニング

問題解決や論理的思考を探究し続けるブログです。企業でも個人でも、抜本的なビジネス改善から日々のアイデア仕事まで、定めた目的を達成するためのあらゆる営みを「問題解決」と捉えて、理論と実践を一つの体系でシンプルに整理・統合することを目指しています。

「自分のアタマで考える」とは?│本質思考としての批判的思考

「自分のアタマで考えよう」って言われてもムズカシイなあ…

と感じるのは、そもそも「自分のアタマで考える」がどういうことなのか整理ができていないから。


そこで今回は

・「自分のアタマで考える」とはどういうこと?
・どうやったら実践できる?

を実際に問いを深めながら、少し長いですが丁寧に考察していきます。一度読めば「自分のアタマで考える」を二度と忘れることなく理解できますので、しっかりと考えてみたい方はぜひどうぞ。

私たちは意外と自分のアタマで考えていない

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「他人のアタマで考える」とは

いつもなら「結論から言うと、」と結論を書き出すのですが、それでは自分のアタマで考えられなくなってしまうので、今回は課題を深堀りするところから始めます。そもそもなぜ私たちは

自分のアタマで考えよう!

という当たり前のことを言われるのでしょうか。だって「他人のアタマで考える」なんて物理的にできないのですから。


ここで「そうだそうだ」と思った人は、今まさに自分のアタマで考えることを半分放棄しかけているので注意して下さい。実は私たち、非常に頻繁に「他人のアタマで考えて」います。例えば…


・ニュースの主張に同調する
・知りたいことを検索する
・わからないことを人に質問する

これらすべて、他人のアタマを使って意思決定しようとしていますよね。特に質問なんて、わかりやすく他人の脳みそを稼働させているわけです。


ここでは、こうした行為の良し悪しを言っているのではなく

私たちは意外と他人のアタマで考えてばかりだよね

ということに気付いてほしいのです。
 

なぜ「他人のアタマで考える」のか

では、私たちはなぜ「他人のアタマで考える」のでしょうか。上記の様に、「同調・検索・質問」するときのことを思い出してみて下さい。ぱっと思いつく理由をあげてみると


・ニュースの主張に同調する

  • 自分と同じ意見を言っているから
  • 素直に「そのとおりだ」と思ったから

 
・知りたいことを検索する

  • その知識を自分が持っていないから
  • 検索するのが一番カンタンだから

 
・わからないことを人に質問する

  • 詳しい人に聞いたほうがいい結論が出るから
  • 自分ひとりの意見だと偏りそうだから

こうした理由を並べてみると、それぞれある程度合理的な判断の様に見えます。間違いなく言えそうなことは

「他人のアタマを使う」のが合理的な場合もある!

ということでしょうか。私の仕事は企業のコンサルティングですが、コンサルティングビジネスも「他人のアタマを使って合理的な判断をしたい」というニーズに答えるビジネスだと言えます。
 

「自分のアタマで考える」とはどういうことか

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なぜ「自分のアタマで考える」が必要か

ここまでが議論の前提、本題の前フリです。「他人のアタマで考える」が合理的な場合も十分にあることを理解した上で

それでもなお「自分のアタマで考える」がなぜ必要なのか

「他人のアタマで考える」が合理的なときもある

いまの到達点はここですので、ここから「自分のアタマで考える」が必要な理由を論理的に分解すると

「自分のアタマで考える」が必要な理由
①「他人のアタマで考える」だけでは合理的な判断ができないことがある
非合理的でもあえて「自分のアタマで考える」必要がある

この2方向を考えます。
 

①「他人のアタマで考える」だけでは合理的な判断ができないことがある

まず、前半の「「他人のアタマで考える」だけでは合理的な判断ができないことがある」です。具体的に、どんな場合があるでしょうか。


・相手の情報が間違っているとき
・相手の思考が間違っているとき
・相手が嘘をついているとき

しかし、人間は間違う生き物ですし、嘘をつく人をゼロにすることは不可能です。

間違いをなくし、騙されないためにも「自分のアタマで考える」が必要なんだ!

といいたくなりますが、もう少し考えましょう。仮に他人の意見を一切聞かずに判断しても

・100%正しい情報だけで判断する
・100%正しい思考を行う

こんなこと可能でしょうか。


そう。問題の本質は「誰のアタマで考えるか?」ではなく

正しい情報、正しい思考はどうやったら担保できるか?

ではないでしょうか?


また、「相手が嘘をついているとき」という例も挙げましたが、「自分が自分を騙す」ということを人間はよくやっていますよね。


・ダイエット中なのに「今日くらいいいよね」と自分に言い聞かせる
・「こんなこと言ったら相手を嫌な気持ちにさせてしまう」とわかっていても、自分の正しさを守りたくて強い言葉で相手を非難してしまう

心の中に葛藤が生じた時、「これくらい許されるはず…」と見ないふりをすることは、自分を騙しているのと同じことです。


つまり、「間違わない」「騙されない」という合理性の観点からすれば、本質的な論点は「誰のアタマで考えたか」ではなく

どう考えれば合理的な判断ができるか?

まずは1つ目のポイントとして残しておきましょう。
 

②非合理的でもあえて「自分のアタマで考える」必要がある

次に非合理的でも「自分のアタマで考える」必要があるという理由についてです。しかし、そもそも

人によって何を「合理的」と捉えるかは違うよね?

という問題があります。例えば

非合理的に見える判断の例
・航空券の高いハイシーズンに海外旅行に行く

  • ローシーズンと比べれば、金銭的な面からは非合理的
  • それが実は「2人の休みを合わせて、どうしても行きたかったフランスに新婚旅行に行く」ということであれば、「一生に一度の貴重な経験を最大に楽しむ」という点から合理的

 
・友人の誘いを断って自宅で一人で過ごす

  • 友人との楽しい時間を手放した点からは非合理的
  • その時間を将来の目標のための勉強に使ったなら、時間の投資の点からして合理的

つまり

・その人にはどんな前提(事情)があるか?
・その人が何を大切にしているか

この点を押さえなければ、ある意思決定を客観的に合理/非合理と分ける事はできないのです。

その決定が合理的かは、本人にしか決められない

これが、2つ目の本質的なポイントです。
 

「自分のアタマで考える」の本質

話が長くなってきたので、ここまでを簡単に整理すると

Q.そもそも「他人のアタマで考える」なんてしないでしょう?
たくさんしてるよ!
 
Q.「他人のアタマで考える」って?
同調・検索・質問なんかはまさにそれだよ!
 
Q.なぜ「他人のアタマで考える」の?
「合理的に判断したい」と思うから!
 
Q.それでもなぜ「自分のアタマで考える」が必要なの?
→他人は間違ったり騙したりするからね!
 
Q.「自分のアタマで考える」をしたら大丈夫なの?
自分で考えても間違うし、自分を騙したりしてるね!
 
Q.じゃあ、結局何が大事なの?
→本質的なポイントは2つで…
「どう考えれば合理的な判断ができるか?」
「その人にとっての合理性」はその人にしか判断できない!

ここまで「問い→答え」の形式を繰り返してきました。たどり着いたのは誰のアタマで考えるにしても

「どう考えれば合理的な判断ができるか?」
「その人にとっての合理性」はその人にしか判断できない!

この2点が本質的なポイントだということ。言い換えれば

「自分のアタマで考える」の本質
合理的な手続きで考えたか?
自分の考え・価値観で判断したか?

極論

「自分のアタマで考えよう」と言われたので、他人の意見を聞かずに自分だけで考えました!

という人がいた場合も

合理的な手続きで考えていない
自分の考え・価値観で判断していない

となってしまったら、それは本質的には「自分のアタマで考えていない」。むしろ

他人の意見を聞かずに自分だけで考えたなんて、なんて独りよがりな考えだ!

ということです。
 

「自分のアタマで考える」の実践方法

ではどうすれば「自分のアタマで考えた」と言えるのでしょうか?

「自分のアタマで考える」の実践方法
①合理的な手続きで考える
全体を考慮する
→常に反対側を想定し、全体を検討し尽くす(検討漏れをなくす)
前提や問いを批判的に検討する
→与えられた情報や問いから疑い、自分でよりよい情報を探し、問いを考える
論理的に考える
→誰が聞いても納得できるロジックを作る
 
②自分の考え・価値観で判断する
結論や提案を明確にする
→「自分は~だと考えます」と必ず1つの立場を明確にする
□ 考え・価値観の異なる人の異なる結論を受け入れる
→「前提が違えば結論も違う」ということを理解し、結論の違いを認める

これらを十分にやろうと思うと、他人が作った情報も確認するし、他人の意見も聞きます。しかし、それを鵜呑みにするのではなく

・本当にそうかな?
・何故そういう結論になるのかな?

論理的・批判的に考えながら、あくまで参考情報として聞くわけです。
 

本質思考の実践テクニック

「自分のアタマで考える」という批判的思考は、本質思考を実践するための方法でもあります。

本質思考の実践テクニック
1.あえて対立をつくる
この記事でも散々使っていますが「自分のアタマ⇔他人のアタマ」など、あえて対立軸を明確にして考えると「対立しているはずなのに共通している部分」が出てきます。それが本質です。
 
2.目的や前提を考える
対立概念の共通部分を探すときは、その前提や目的を考えてみましょう。「自分も他人も間違いをおかすのは共通」は人間としての前提です。本質は前提や目的にあります

この2点については以下の記事も同じテーマですので、本質思考の訓練として読んでみて下さい。

参考図書

「自分のアタマで考える」をより深く学ぶためのオススメの本はこちらです。

タイトルそのままですが「自分のアタマで考えよう!」と訴え続けているちきりん氏のこの書籍は万人におすすめの思考法の本です。

おわりに

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以上、「自分のアタマで考える」ということについて、考察を深めてきました。文章の後半では考え方やテクニックを説明していますが、いずれもこの文章でやっていることそのものですので、いまいちど冒頭から読み返していただくと

なるほど、こうやって考えるんだ

ということが腑に落ちるのではないかと思います。


批判的に考える頭の使い方を身につけることで、本質思考の能力を磨いていきましょう。

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