ウワノキカクのキカクメモ│「問題解決」を極めるためのアイデア帳

「問題解決」を探究し続けるブログです。企業でも個人でも、抜本的なビジネス改善から日々のアイデア仕事まで、定めた目的を達成するためのあらゆる営みを「問題解決」と捉えて、理論と実践を一つの体系でシンプルに整理・統合することを目指しています。

【解答編】「問題解決」の一般的なプロセスについての考察

私の趣味でありライフワークである「問題解決」ですが、その時の思考や動作について、一般的・普遍的なプロセスを作り上げることに最近は取り組んでいます。
2018年はそれを完成させることが目標です。
 
さて、そのプロセスを考える上で最近良かったのが、先日投稿した以下の「天使と悪魔」の問題です。

t-uwano.hateblo.jp

 
「天使と悪魔」自体は、論理学の正解ではとても有名な命題で、この設定を使った派生問題はたくさんありますが、今回出したものはそれらの中でも時間をかけて取り組むに値する良問です。
 
今回は、その問題を使いながら「問題解決」の一般的なプロセスについての考察を書いていきます。
 

 

1「問題解決」とは?-よくある誤解への提言

そもそも、「問題解決」って何でしょうか。
 
ある同じ事象をみても、ある人はそれを「問題だ!」といい、ある人は「普通のことじゃん」といい、更にある人は「むしろいいことじゃない?」という。
これは価値観の多様化が進み続ける現代では、もはや当たり前にあちこちで起きていることですよね。
 
この観察された事実に基づいて考えるに、「問題」とは、その人の認識や価値観、捉え方によって、現れたり、消えたり、大きなものになったり、小さなものになったりするものだと言えそうです。
一体なぜ、そんなことが起きるのでしょうか?
 

先に答えを言ってしまうと、あることが問題であるか否かは、「解決の困難さの認識」によって決まります。
 
例えば、「社長に新商品のコンセプトのプレゼンをする」ということに直面した場合を考えてみます。
 
ある忙しい開発課長は、「今回の新商品には技術的に致命的な課題が残っている」と思っています。
時間をかけて取り組めばなんとかなるかもしれないが、他にもやることがたくさんあって忙しいいま、このプレゼンを成功させられるかはとても不安で、大きな問題だと感じています。
 
一方、ある辣腕な事業部長は、今回の新商品に自信を持っていて「これなら社長もYesというはずだ」と思っていたとします。
確かに技術的な課題はあるが、それは社長のお墨付きを取ってから優秀な人財を集めてチームを組み、集中させればなんとかなると予想しています。
そういう人ならば、このプレゼンをすることは全く問題ではありません。
むしろ、この機会に自分の能力を示すことによって、更なるチャンスが舞い込んでくると思っているかもしれません。
 
同じ事象でも、その人の能力や状態、認識、価値観、思い込みによって、問題であると感じられたり、「それは問題ではない」と思ったりします。
これが、「問題」を考える上での重要なポイントです。
 

「問題解決」というと、先に「問題」という客観的な事象があり、それを解決していく営みであると誤解されることがあります。
 
しかし、「問題」というのは、先験的に存在しているものではありません。
 
「今年は昨年に比べて利益率が1%低下した」というとき、それが「問題」であるかどうかは、誰が語るかによるのです。
「今年は昨年よりも利益率が上がるだろう」と思っていた人にしてみれば「問題」かもしれませんが、「今年は昨年よりも3%くらい利益率が落ちるかもしれない」と予想していた人にとってはむしろ望ましい状態です。
 
すなわち、問題解決における「問題」とは、それ自体が先に存在しているのではなく、ある人の認識によって存在したりしなかったりするものです。
そして、その「解決の困難さの認識」によって、大きな問題なのか、取るに足らない問題なのかが変わってきます。
「問題は人の認識が作り出している」と言われるのも、このためです。
 
ちなみに、企業の問題解決の現場においては、往々にしてこの問題の認識が人によって全くばらばらであることがほとんどです。
コンサルタントの役割は、「何が、なぜ問題なのか」をまずはクライアントの経営陣に共通認識として合意していただくところからスタートします。



 

2「問題解決」の1歩目 -「問題設定」

この認識を前提にしたときに、「では、それが問題を解く上でどう役に立つのか?」を考えていきます。
 

まず、1歩目として、この認識は「問題をどう読み解くか」、つまり「問題設定」に役立ちます。
 
「え、もう既に問題は設問として設定されているでしょ?」と思われるかもしれませんが、ちょっと待ってください。
示された設問は、あくまでゴールの状態でしかありません。
設問で言っているのは、「~という条件のときに、…できます(具体的なやり方は自分で考えてね)」ということです。
つまり、そこには問題解決に取り組む人、この場合はあなたや私の認識が入っていません。
例えば、過去にこの問題に取り組んだ経験があり、知識として正解をすでに持っている人にとっては、この設問は問題にはなりえませんし、この手の問題を苦手とする人にとっては、とても大きな難しい問題かもしれません。
 
まず最初にやらなけれはならないのは、設問を自分がどう認識するか、自分にとって何が問題であるかを整理すること。
つまり、「問題設定」です。


では、今回の設問において「私は」どの様な「問題を設定」するでしょうか。
 
「問題設定」の方法はシンプルで、「『あるべき姿』と『自分が普通にやったらどうなるか』のギャップを考える」です。
 
「あるべき姿」は、設問の中に明記されています。
「①~④の条件のときに、『確実に正解の扉を選び出すための質問』を見つけ出せている状態」です。
 
では、それに対して「自分が普通にやったらどうなるか」を検証してみましょう。
ここからは人によって前提や知識が違うので大きく変わってきますが、以下には私の場合の例を記載します。
 

これは「天使と悪魔」の発展問題だ。
妖精に「あなたは天使ですか?」と質問すると、天使も悪魔もYesと答えて判断がつかないところに面白みがある、古典的な論理パズルである。
 
この手の問題の定石として、「妖精に客観的な事実を聞けば、その回答によって天使と悪魔を見分けられる」というものがある。
例えば、「私は人間ですか?」と問えば、天使はYesと答え、悪魔はNoと答えるので、そのYes/Noで天使か悪魔かを判断できる。
 
今回の設問でも、一度この質問をして妖精ABのどちらかについて天使と悪魔の特定を行い、その上で「赤い扉は正解ですか?」と聞けば、答えは導ける。
 
しかし、質問のチャンスは1回。
「普通にやれば」2回の質問で答えが出せるが、今回は1回で判断しなければならない。

 
 
前提となる知識があったということもあり、「天使と悪魔」を知らなかった人に比べると、私はだいぶ前に進んでいたかもしれません。
これぞまさに、「問題は人の認識が作り出している」ということの実態です。

 
繰り返します。
 
問題を解くための第一歩は、「自分が普通にやったらどうなるか」を考え、ゴールとのギャップから、自分にとっての「問題設定」を行うことです。
 
私の場合は、「『扉の正解不正解の判断』をするためには、先に『天使か悪魔かの判断』をする必要があり、合計2回の質問しなければいけないところ、何とかして1回で判断できる方法を見つける」というのが設定された問題です。
 
普通にやれば、2回質問しなければできない。
しかし、設問は1回でできると言っている。
どういうことだろうか?
 
これが、「私にとっての問題」つまり「問題設定」です。
 
設問の長い文章と比べると、だいぶ具体的で、かつ、解決のための方向性も明確な問いなりました。
この「問題設定」が自分の言葉でできるかどうかが、問題解決の非常に重要な1歩目です。



 

3「思い込み」を明らかにする

問題を自分の言葉で設定できたら、次にやるべきことは「自分の『思い込み』を明らかにする」ということです。
私が上記で設定した問題にも、たくさんの「思い込み」があります。
 
「思い込み」の見つけ方もシンプルです。
設定した問題の中の「普通にやるとどうなるか」の部分について、「なぜそう思うのですか?」と自分に聞けば、そのときに答える「理由」から「思い込み」が溢れてきます。
 
私の場合を例に、やってみましょう。
 
 

<問い>
「なぜ、『扉の正解不正解の判断』をするためには、先に『天使か悪魔かの判断』をする必要があり、合計2回の質問しなければいけないのですか?」
 
<理由>
・天使と悪魔は、同じことを聞いたら必ずYes/Noで異なる回答を示すから
・1回のYes/Noの回答では、「天使か悪魔か」「扉が正解か不正解か」の2つの質問にまとめて答えることができないから

 
 
どうでしょうか?

もっともらしい答えですが、「必ずしもそうは言えない」という反論もできるのではないでしょうか。
 
1つずつ、どんな「思い込み」が隠れているか、検討してみましょう。
 

<理由1>
・天使と悪魔は、同じことを聞いたら必ずYes/Noで異なる回答を示すから
 
<思い込み>
・天使と悪魔は必ず同じYes/Noを言う
 
<反論>
・天使と悪魔は、本当に必ず異なる答えを言うのだろうか。質問の仕方によっては、同じYes/Noを答える場合もあるのではないか
  
<検証の方向性>
・質問の仕方によって、天使と悪魔におなじYes/Noを言わせることはできるか?

 
 

<理由2>
・1回のYes/Noの回答では、「天使か悪魔か」「扉が正解か不正解か」の2つの質問にまとめて答えることができないから
 
<思い込み>
・「天使か悪魔か」「扉が正解か不正解か」の2つの質問をしなければ正解の扉は判断できない
・「天使か悪魔か」がわからないと、扉の正解不正解が判断できない
・「扉が正解か不正解か」を質問しなければ扉の正解不正解を判断できない
 
<反論>
・1回の質問でも正解の扉を判断することができるのではないか?(というか、できるからこの設問が成り立っているはず)
・「天使か悪魔か」がわからなくても、何らかの方法で扉の正解不正解が判断できるのではないか?
・扉の正解不正解をダイレクトに聞かなくても判断できるのではないか?
 
<検証の方向性>
・「天使か悪魔か」を判断しないままに、直接扉の成否を判断する質問は作れるか?
・「赤い扉は正解ですか?」など、ダイレクトな聞き方ではない質問の方法はありうるか?

 
 
「普通にやれば」の前提になっている「思い込み」が明らかになれば、その「思い込み」を打ち消す方法を見つける方に、思考を向けることができます。
 

問題解決の現場では、あてずっぽうにあらゆる方向を検討することは絶対にありません。
「思い込み」をベースに、「その思い込みが間違いであるとしたら、どの様なときだろうか」を考えていきます。
 
今回の場合、「検証の方向性」として書いている以下の内容
 
・質問の仕方によって、天使と悪魔におなじYes/Noを言わせることはできるか?
・「天使か悪魔か」を判断しないままに、直接扉の成否を判断する質問は作れるか?
・「赤い扉は正解ですか?」など、ダイレクトな聞き方ではない質問の方法はありうるか?
 
を問題解決のための指針とすることで、手当たり次第の発想ではなく、自分の「思い込み」に狙いを定めた最低限の検討によって答えに至ることができます。
 

ちなみに、人が「思い込み」を持つには、正当な理由があります。
人間はすべての物事をゼロベースで判断することはしませんし、できません。
「こういうときはこう」という判断のパターンを頭の中にもち、あえて思考停止することで、多くの脳内の処理を自動化し、エネルギーの消費を抑えるという大きなメリットがあります。
 
大抵の場合それはうまく機能していますが、ときおり「そのパターンで普通にやっても解決できない場合」に直面します。
そういうときには、いままで省エネルギーのために使っていた前提・思い込みを見直し、より普遍的に良い判断ができるものへと高めるための検討をする必要があります。
 
そして、それこそまさに「問題解決」でやっていること。
 
問題は、解釈する人に依存して存在するのであれば、その解決方法も人の中にあるはずで、そのためのとっかかりこそが「思い込み」なのです。
「思い込み」を顕在化させるには、自分がその思い込みを使っている状態、すなわち、「普通に考えるとこうする」という状態を明らかにし、そして、「なぜそうなのですか?」とWhyの質問を向けることが有効です。
 
「何をパズル一つで回りくどく考えているんだ」と感じるかもしれませんが、意識的であれ無意識的であれ、問題を解くということは、自分の中にある思い込みを書き換えていくことでしかありません。
 
直感を働かせて問題を解くことを、私は否定しません。
しかし、大きな問題に直面し、どうしたらいいかわからなくなって立ち止まったり、自分の可能性を諦めたりすることがないように、あえてこの「プロセス」を明確にしておきたいと考えています。
直感を働かせていくことを是としつつ、「万一のための問題解決のプロセスを知っておくこと」が大事ではないでしょうか。


 

4未知の世界で試行錯誤する

思い込みを明らかにし、解決の方向性を見出したら、あとは様々なやり方を試行錯誤し、ゴールの条件に当てはまるかどうかを試していきます。
 
「何だ、結局は試行錯誤するしかないのか」と思われるかもしれませんが、答えは明確に「Yes」です。
 
なぜ「試行錯誤するしかない」という結論になるのでしょうか。
それは、「自分が慣れ親しんだ思い込みを手放した世界は、自分にとって完全に未知の世界だから」です。
 

問題を解くということは、本来的に自分の思い込みを手放すことであるというのは、述べてきた通りです。
では、自分の思い込みを手放した世界というのは、どういうものでしょうか。
 
少なくとも、自分がこれまで思考停止で頼りにしてきた馴染みのやり方は一切通用しない世界です。
先を見通すことができず、きっと、「これで本当にあっているのだろうか」と、不安な気持ちでいっぱいになるはず。
いっぱい失敗し、いっぱい傷つきます。
それまでの自分が否定されるので精神的にも不安定になりますし、「なんでこんなことをやっているんだろう」と、そもそも論に逃げ帰りたくもなります。
 
それでもなお、問題解決に取り組むのは、その先に得たいなにかがあるからでしょう。
逆に言えば、それがなければ、人は思い込みの世界に留まるはずです。
 
問題を解く人に求められるのは、ゴールの世界を夢見て前に進み続ける覚悟と、うまくいかない宙ぶらりんな状態にも耐える忍耐です。
そして、そうしたエネルギーをなるべく抑えて前に進むための支えになるのが「問題解決のプロセス」を意識して使いこなせることです。
 

実際、プロセスを順を追って分できたことにより、この問題においては
 
・質問の仕方によって、天使と悪魔におなじYes/Noを言わせることはできるか?
・「天使か悪魔か」を判断しないままに、直接扉の成否を判断する質問は作れるか?
・「赤い扉は正解ですか?」など、ダイレクトな聞き方ではない質問の方法はありうるか? 
 
という3つの指針を得ています。
これらが有るのとないのとでは、気持ちも違いますし、かかる時間も全く異なってくるはずです。
 
だいぶ脱線してしまいましたが、今回の問題を解くためには、この3つの指針を使いながら「試行錯誤」します。
愚直に、上から1つずつ検討していきます。
 

<指針1>
・質問の仕方によって、天使と悪魔におなじYes/Noを言わせることはできるか?
 
<考えたこと>
天使と悪魔は、既に明らかになっている事実を聞いたときには、必ず逆のことを言う。
ということは、既に明らかになっている事実ではなく、反対に、「今後明らかになる事実」を聞けば、うまく回答をコントロールできるかもしれない。
天使と悪魔にとって「今後明らかになる事実」とは何だろう。。

 
 

<指針2>
・「天使か悪魔か」を判断しないままに、直接扉の成否を判断する質問は作れるか?
 
<考えたこと>
「天使でも悪魔でもYesと答える質問」が作れれば、天使か悪魔かの判断がなくても扉の正解が判断できる。
なんだ、「指針1」と同じことじゃないか。
でも、そんなことが果たしてできるのだろうか。

 
 

<指針3>
・「赤い扉は正解ですか?」など、ダイレクトな聞き方ではない質問の方法はありうるか?
 
<考えたこと>
扉についてダイレクトに質問するのでなければ、何を聞いたらいいだろうか。
もちろん、扉の正解不正解の話は入れた上で。

 
 
ここまで考える事ができれば
 
・天使と悪魔にとって「今後明らかになる事実」をきく
・「赤い扉は正解ですか?」など、直接的な質問はしない
 
というヒントが得られました。
 
そこから、以下の様なことを考えました。
 

妖精にとって、「既に明らかな事実」ではない、「今後明らかになる事実」ってなんだろう。
どの扉が正解かは、既に決まっていること。
条件の中から「今後明らかになる」といえるのは、「誰が何と言うか」ということだろうか…。
 
「あなたは赤い扉が正解ですかと聞いたら、『Yes』と言いますか?」と聞いてみる。
赤い扉が正解ならば、天使は当然「Yes」という。
悪魔は、「赤い扉が正解だ」とは言わない(=Noと答える)ので、「Yesと言いますか?」という質問には嘘をついて「Yes」という。
なるほど、自己言及させると、悪魔は「裏の裏」をいい、「Yes」というのか。
 
では、赤い扉が不正解だった場合はどうだろう。
天使は当然「No」という。
悪魔は、「赤い扉が正解ですか?」と聞かれたら、嘘をついて「Yes」という。
ということは、「Yesと言いますか?」という問いには、嘘をついて「No」という。
 
つまり、「あなたは」という自己言及を入れることによって、悪魔はYes/Noの答えがひっくり返り、結果的に天使と同じことを言うようになるのか…。
この質問は、
 
・「赤い扉は正解ですか?」など、直接的な質問はしない
 
というヒントとも整合性がとれている。
 
頭が混乱するけれど、とにかくこれで答えにはたどり着けたようだ。
 
(答え)
妖精のどちらか一方に「あなたは赤い扉が正解ですかと聞いたら、『Yes』と言いますか?」と聞く。

 
最後の試行錯誤のところで導き出した答えの質問は、人によって異なることもあるでしょう。

実際、コメントで答えをくれた方の正解には、以下のようなバリエーションがありました。
 
・妖精Aに「妖精Bは赤い扉が正解と言う?」と聞く
・「あなたは『赤が正解?』と聞かれてYESと答えますか」と聞く
・妖精Aに「天使の後ろの扉は正解ですか?」と聞く
 
などの回答がありました(2つ目は私の答えと同じですね)。
 
私が導いた今回の問題のポイントは、「自己言及させると、悪魔は天使と同じことを言ってしまう」ということでした。
しかし、回答例を見ると、自己言及に限らず、「妖精Bは~」など他者言及させてもうまくいくようです。
つまり、自己か他者かに限らず、発言者の回答についての問いを立てると、「論理と真実に律儀な悪魔」は天使と同じことを言ってしまいます。
 
ちなみにこれは「天使と悪魔」という、かなり特異な想定のときにしか成り立ちません。
人間は「相手を騙してやろう」と思った場合、当たり前ですが、問いへの答えに対して嘘をつきます。
しかし、「論理と真実に律儀な悪魔」は、その律儀さ故、結果として相手を騙すことができませんでした。
そういう意味で、悪魔は悪魔の正義を貫いているだけで、決して悪意の存在ではないのかもしれませんね。
 


5「『問題解決』のプロセス」まとめ

だいぶ長い文章になってしまったので、「『問題解決』のプロセス」に関する部分だけをまとめます。
 

【「問題解決」のプロセス 】
 
<前提>
「問題」とは、それ自体が客観的に存在するものではなく、その人の「解決の困難さの認識」に依存する
 
<プロセス>
①問題設定
問題を、「ゴールの状態」と「自分が普通にやったときの状態」のギャップと定義し、自分の言葉で設定する。
 
②「思い込み」の発見
「自分が普通にやったときの状態」について、「なぜそうなのですか?」と問い、理由を答えると、そこに前提となる「思い込み」が現れるので、それを自分の言葉で書き出す。
 
③指針の抽出
書き出された思い込みに自分で反論し、考えるべき方向性を自分の言葉で明確にする。
 
④未知の世界での試行錯誤
思い込みの外の未知の世界で、抽出した指針を頼りに、論理と直感を働かせながら試行錯誤する。
 
<ポイント>
・言葉で表現することを妥協してはいけない。曖昧な言葉で考えても何も得られない
・論理を突き詰めても、最後は直感で試行錯誤するしかないことを受け入れる
・「思い込み」を手放した先は、自分の勘と経験が機能しない、本来的に不安定な未知の世界であるということを受け入れて、粘り強く考える

 
 
これが、現時点で自分が考えうる、普遍的な問題解決のプロセスです。
 
もちろんこれはアウトラインでしかなく、問題解決を上手にやるためには、更にテクニック的なことや、更に原理原則的なこともあります。
 
しかし、それがビジネスでもパズルでも、「問題を解く」ということをする場合には、いつでもこのプロセスを踏んでいることは間違いないと思っています。
 
そして、本質的に大切なのは、「言葉を使った論理的な思考」です。

それがあれば、このプロセスはより上手に活用できますし、言葉にする力が弱ければ、このプロセスを意識して使ったとしてもなかなかうまくいきません(そういう人はどんなやり方をしても言葉の力でとまってしまっているはず)。
 
プロセスを意識しながら、言葉の力を突き詰めていくことが、問題解決の王道ではないかと考えています。